中年の定義~何歳から何歳まで?~

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「中年」って正式には何歳から何歳までを言うのだろう?

ふと疑問に思ったので調べてみました。

結論から申しますと、公式に「何歳から何歳までが中年」という明確な定義があるわけではないようです。

国語辞典でも「だいたい40代から50代あたり」というアバウトな感じ。

厚生労働省の一部資料で便宜上、中年期を「45ー 64歳」としているものもあるようですが、これは一般的な感覚とはズレてますよね。

ある意識調査では多くの人が「中年」と言えば「40歳ぐらいから50歳半ばぐらい」をイメージするという結果が出たそうです。

私自身の感覚では「30代後半から50代前前半ぐらい」という感覚ですから、大体一般的な感覚と同じ。

ただ実際に他人が、もしくは自分自身が「中年」の域に入ったことを感じるのは、やっぱり、見た目かな?

お腹がぽっこりでてきたり、白髪が増えてきたり、目元のシワが目立ってきたり、などなど。

私自身に関して言えば、30代前半からお腹ぽっこりになってましたし、若白髪の家系なので、結構早い時期から白髪も目立つようになってましたが、「中年」を実感するようになったのは30代後半から顔にシミが出てきたり、手の甲に老人性のイボのようなものが出てきたりした時ぐらいからですね。

回りを見ても、あの人、急に老けたなあと感じる人に「中年」を感じますし、そんなふうになってくる年代は、大体40歳前後のような気がします。

老化現象がぐっと加速する時期、それが「中年」。

私の中での個人的定義ですね。

「第一次成長期」ならぬ「第一次老化期」と勝手に名付けています。笑

私も含め、多くの人にとって「老化」は喜ばしいものではないでしょう。

しかし、人はいずれ老いるもの。

誰も避けては通ることの出来ない道です。

であるならば、「老化」を否定的悲観的に捉えるのではなく、肯定的楽観的に捉えよう。

そう思ってます。

「第一次老化期」は否が応でも「生老病死」に今まで以上向き合わされる時期。

目をそむけて生きてみたり、必要以上にあらがってみたりすることもできますが、そのような態度はあまり良い選択とは思えません。

表面的な事柄ではなく、内面的な事柄に、物質的なことではなく、精神的な事柄に目を向けていく絶好のチャンスかと思うのです。

そのチャンスを生かせば、人生の中で本当に大事なものが何であるかを見つけることができるのではないかと思うのです。

それに、そんな生き方を選択している人たちは、結果的に見た目も若く、美しくなるような気がします。

私はクリスチャンなのですが、周囲の敬虔なクリスチャンの方々は男女を問わず、その多くが、実年齢よりとても若く見えます。

大袈裟でなく10~20歳ぐらいは若く見えるんです。

ウソだと思うなら是非、敬虔なクリスチャンが集まる(←ここ大事)キリスト教会に行ってみてください。

もちろん、すぐにその方々の年齢を聞くことはできないでしょうが、通っている内に実年齢を知るときっと驚かれるのではないか(時には引くぐらい)と思います。

もちろん、例外はありますけどね。笑

なぜ、敬虔なクリスチャンが総じて若く見えるのか?と考えたことがあります。

たとえば、敬虔なクリスチャンの多くはタバコやお酒は飲まない。

ギャンブル等もしないし、規則正しい生活を送っている人が多いのかな?と思います。

週に1度は集まってともに歌を歌い、コミュニケーションの時を持ちますし、神の愛を信じ、全てを神に委ねることを心がけているので、普通の人よりストレスが少ないということもあるのかもしれません。

天国の希望を持って生きていることも「内面的な若さ」につながり、それが表面にも現れているのかもしれません。

聖書にこんな言葉があります。

私たちは勇気を失いません。たとい私たちの外なる人は衰えても、内なる人は日々新たにされています。(コリント人への手紙 第二4章16節)

私も中年まっさかり。

目に見えるものではなく、目に見えないいつまでも変わらない大切な事に、心を留める生き方をしたいものです。

精神的に人間的にぐっと成長するための大切な期間、それが「中年期」なのです。

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