なぜ土俵を高くするのか?その理由は?

なぜ、あんなに土俵を高くする必要があるのだろう?

土俵から転落して怪我をする力士を見るたびにそう思ってしまう。

特に、2017年の春場所、稀勢の里が日馬富士との一戦で土俵から転がり落ち、左肩を怪我した1番は今思い出しても心が痛む。

結局、稀勢の里はあの時の怪我と、その後に無理をしたことがたたり、その後、横綱としての責任が果たせないでいる。

それどころか、連続休場のワースト記録を更新してしまった。

それにしても、あの時、稀勢の里が、苦痛に顔を歪めていた姿が未だに忘れられない。

他にも、土俵が高いがゆえに怪我をした力士はたくさんいるのではないかと思う。

それなのになぜ土俵を高くする必要があるのだろう?

気になったので、土俵を高くする理由について、ちょっと調べて見た。

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土俵の高さ

とりあえず、現行の土俵の高さがどれくらいあるのかを確認して見た。

すると、土俵の高さ規定は「34~ 60センチ」(45cm~66cmとの情報も)と幅のある規定であることが分かった。

土俵の高さは一律で決まってると思っていたので、これは意外だった。

しかし、テレビで見る限り、最低規準の34センチで土俵を作ってはいないだろうことは明らか。

たぶん、60センチではないだろうか?

たしか、土俵作りの現場がテレビに映し出していた時、60センチと言っていたような記憶がある。

土俵を高くする理由

結論から言うと、なぜ土俵を高くするようになったか、また、いつ高くするようになったか、その明確な理由も時期も今では分からなくなってしまっている。

ネット上では「伝統的な面や、安全面や、相撲技の面などの理由じゃないか」ということで、複数の説が散見された。

①高い方がお客さんに見えやすい

今でこそ、大相撲は後方の観客席を高くし、全ての観客に見やすくレイアウトされている。

しかし、昔はそうではなかった。

となると、力士が土俵で戦っている姿をより多くの人に見せるには土俵を高くするしかない。

おそらく、これが土俵を高くした、本来の第一義的理由であろうと思う。

他にも土俵を高くする理由と考えられるものはあるが、それはあくまでも副次的な理由ではないだろうか?

②審判の目の高さ

土俵の約60センチという高さが、審判の目の高さに近い位置になることで、より正しい判定ができる。

③高さが有る方が土台が安定する

体育館に設置する場合、ある程度の高さが有る方が土台が安定するらしい。

なぜある程度の高さがあるほうが安定するのかは調べ切れなかったが「土俵の高さ」の規定には幅があるのにも関わらず、規定の最大限の高さで土俵を作るのにはそんな理由があるのかもしれない。

④エンターテイメント性

押されたり、寄り倒されたりして転落すると、めちゃ痛いんです。ですから、ほとんどの力士は、転落して負けるより、土俵に前のめりに手をついて負けるほうが楽なので、一か八かで頭を異常に低くして前に出て最悪はたかれて負けても良いと思ってとってるんですよ。

上記は元力士の証言。

やはり、力士にとって土俵から落とされるのは負けることだけではなく、怪我の可能性もあるので、避けたいことらしい。

しかし、だからこそ、それが真剣勝負につながり、土俵を湧かせる相撲になることも考えられる。土俵から落ちることは「死」を意味するわけだ。

また土俵を高くすることは、力士の舞台を演出し、それが力士にある種の高揚感をもたらす効果もあるだろう。

また土俵から転がり落ちる様は迫力があると言えば迫力がある。

土俵が高いことが大相撲を面白くしている一因であることは否めない。

⑤怪我の防止

個人的にはこの見解には賛同できないのだが、この説によると、土俵にある程度の高さがあることによって、土俵外に落ちた時に落下するまでの間に受け身を取ることができる、らしい。

平坦であればモロに身体を打つが、段差があれば落下するまでに受け身の体勢をとることができる。

両者が倒れこむように落ちた時すぐに地面だと叩きつけられてしまいますからね。

というものがあった。

しかし、そもそも土俵の高さが無ければ倒れこむ必要がないケースのほうが多いのではないだろうか?

落ちるときに大股でできるだけ人がいない方向に逃げながら落ちていくという動きもあの高さがあればこそだと思います。審判の親方や客も逃げる時間が瞬間的とはいえ生まれるのではないでしょうか。

これも、え?そう?と思う。

高い土俵から落ちてしまうからこそ、その勢いでタタタッと走るような形で観客を避ける形になるのでは?

別に土俵から落ちなくても審判や、観客は身構えることができるんじゃないかな?

と思ってしまう。

ある方は

たとえば砂場の様な柔らかい場所でやると逆に危険で、捻挫や骨折の元ですし、ずっとフラットな平面だと外掛け等で後頭部を打つケースも出てきます。

と「高さ(たかさ)」を問題にしてるのに「砂場のように柔らかい場所」と、土俵の「堅さ(かたさ)」を持ち出し冒頭から論点がずれているし、外掛けで後頭部を打つケースは土俵に高さがあろうがなかろうが、あまり関係がないように思える。

しかし、先の意見を述べた同一人物による次の意見には多少は賛同できる。

土俵際での投げ技などの場合、フラットな土俵で、眼前に地面が迫っていると、最終的な咄嗟の逆転技が出しにくく、先に地面に落ちる準備をしなければならなくなり、ダイナミックな技が出しにくくなるのです。

逆転技が出しにくい、とか、ダイナミックな技が出しにくいとか、それはどうかなあ?と思うが、土俵の高さが相撲のダイナミックさを演出していることは先に述べたとおり確かだと思う。

安全性を考慮した土俵づくりを

土俵の高さが低くなると、面白さが欠けてしまうのでは?と思う。

しかし、力士の大型化に伴い、その高さが怪我を誘発するのもまた事実。

大好きなお相撲さんが怪我で苦しむのは見るに忍びない。

土俵をちょっとだけ(10cmぐらい)低くするとか、下に美さを損なわないような形でマットを敷くとか、とにかく安全性を高めて欲しい。

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余談「ハッキヨイ」とは?

「ハッキヨイ」は一般的には「発気揚揚」がつまったもので、気分を高めて全力で勝負しようという意味。

さらに「ノコッタ」は「残った」の意味、とされている。

がっぷり組んで動かないときは「ハッキヨイ」技をかけている場合は「ノコッタ」の声をかける。
というものだ。

しかし、実はヘブライ語ではないか?との説もある。

古代ヘブライ語では「ハッケー」が「撃ってしまえ」、「ヨイ」が「やっつけろ」、「ノコッタ」が「あなたは敵を撃ち破った」という意味になるのだ。

また、ロープで円(土俵)をつくって神聖な場所とそうでない場所を区切るらしい。これは「丸い土俵」を連想させる。

土俵には塩が撒かれるが、「塩」で「清め」の働きをするという思想はユダヤ教にもある。

さらには「すもう」という言葉も聖書に由来するのでは?という。

聖書』の「創世記」32章24節~28節には、イスラエルの祖となるヤコブが天使と相撲をとったとの記事があり、その中のフレーズ「彼の名を(シュモー)イスラエルと名づけた」が「すもう」と、その呼称の語源では?というのである。

実際ところはどうか分からないが、そう考えると面白いのは面白い。

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