私の理想の死に方を3つ挙げてみるよ(*´ω`*)

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人間、生まれてきた以上、いつかは死ぬ。

これは、逃れようのない事実である。

私はクリスチャンなので「死後に対する恐れ」という意味での「死」の恐怖はない。

しかし、肉体が死に至るまでの過程での「苦しみ」に関してはできるだけ避けたい。

みんなそうだろうと思う。

ということで、とりあえず、タイトルにあるとおり、私の理想とする死に方を3つ挙げてみる。

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1.眠っている間に死ぬ

第一希望は「眠っている間に死んでる」。

目が覚めたら、あれ?ここどこ?

え?イエス様?ここ天国?

うそ~ん、ラッキー(*´ω`*)みたいな。

家族は困るかもしれないけどね。

死因は心臓発作とか、脳溢血とか、そんな感じになるのだろうか?

もしくは、睡眠時無呼吸とか。

ま、いずれにせよ、寝ている間に死ねるなら、こんなに楽なことはない。

神様には、みこころならば、そんな死に方でお願いします、なんてしばしば祈っていたりする。笑

だから、その祈りがいつ聞かれてもいいうに、本当は毎晩、棺桶で寝ていたいぐらいだ。

で、朝、死んでいたら、焼き場に直送して欲しい。

葬儀なんていらない。

私が死んだぐらいで、親族や友人知人にご足労はかけたくない。

2.老衰で死ぬ

あんまり、長生きはしたくない。

せいぜい77歳ぐらいで死にたい。

(その時までに、自分はなすべきことをした!という確信があれば)

でも、それ以上に長生きさせられるとすれば、最後は老衰で死にたい。

99歳まで生きたけど、最後は殺されて死ぬとか、そういうのは避けたいよね。

ま、自分で避けたいと思ったからといって、それが避けられるわけではないけれども。

私の知人では103歳まで生きた女性がいるが、その人は最後まで元気だった。

施設にいたんだが、亡くなるその日まで、寝たきりにもならず、ボケもせず、施設の職員とも普通に会話していたらしい。

で、その日の夕方に急に容態が悪くなり、そのまま息を引取ったそうな。

これは大往生と言ってよいのではなかろうか?

なかなか理想的な死に方である。

しかし、そこまで長生きすると、ほとんどの場合は伴侶に先立たれていたりするし、子どもにも先立たれたりする可能性も高い。

私はそういった意味では伴侶よりは先に逝きたいので、老衰は第二候補だな。

3.即死で死ぬ

たとえば、通勤途中に、高層ビルから何か落ちてきて、死ぬとか。

(田舎だから、高層ビルとかないけど)

本人的には、突然、頭に衝撃を感じて、目の前が真っ暗になったと思ったら、もう死んでるみたいな。

痛みも感じるか、感じないかぐらいの。

まあ、そうなると、遺体の状態がちょっと心配ではあるが、死んでしまったら、そんなことは関係ないしね。

病気で「即死」なんていうのはあるんだろうか?

心臓発作とか、脳溢血で即死とかはどうなんだろう?

まとめ

別に自分の理想の死に方を述べたからと言って、実際にそうなるわけではないし、何が変わるわけでもない。

大体50%の確率で「ガン」になるわけだから、私もそうなるかもしれないし、それで死ぬかもしれない。

それはそれとして、

日々の生活の中で「死」を意識することはとても大切なことだと思っている。

ともすると、私たちは人生がいつまでもあるかのような感覚に陥ってしまう。

しかし、実際には限りがある。

年齢を重ねれば重ねるほど、人生がわずかであることをひしひしと感じる。

そのわずかな人生を大事に生きるためにも「死」を真正面から見据える必要がある。

ただ、多くの人がそれができないのもまた事実。

「死」を考えると不安になったり、暗くなるから、できるだけ、そのことは考えないようにしている人がほとんどかもしれない。

そういった意味では「宗教」は大きな助けになると思う。

最近では「宗教」というと、どうしても「怪しい」というイメージがつきまとうが、本来の「宗教」はそんなものではない。

ご利益宗教はいざしらず、本来の「宗教」は「科学」では扱えない分野である「死の向こう側」に対する平安を与えるものである。

それによって、人生をより豊かにしてくれるのが「宗教」の大きな役目だと思うのだ。

と、なぜか、宗教の話しになってしまったので、ついでに「番外編」として、宗教的なことを書こう。

番外編

キリスト教の話しになるし、「死に方」となると、う~ん、死んでないしなあ、となるので理想の死のランキングからは外したが、一番の理想とする天国への生きたかは「携挙(けいきょ)」。

クリスチャンでない方は「携挙(けいきょ)」って何よ?と思われるだろう。

クリスチャンでも「携挙」なんて、聞いたことないけど、という方もおられるかもしれない。

「聖書」はイエス・キリストが再びこの地上に来られることを教えている。

そのイエスの来られ方に関してはイロイロと考え方がある。

二段階に分けて考える説では、まず、「空中再臨」と言われる形で、イエスが空中に現れ、クリスチャンを天に引き上げる。

それが「携挙(けいきょ)」と呼ばれる出来事だ。

もし、聖書の教えが真実であり、その解釈が正しく、「携挙」という出来事が将来あるならば(私はそう信じているが)、その時に私も「生きたまま」天国に入りたい。

なんてことを思っている。

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