夢を語る人が苦手だ


嬉々として夢の話をする人が苦手だ。

将来のビジョンという意味での「夢」ではない。

眠っている間に見る「夢」のことだ。

その「夢」がどんなに面白い「夢」だったとしても、それは「夢」だ。

現実じゃない。

そんな夢の話を熱く語られても、熱ければ熱いほど、それに比例してこちらは冷めてしまう。

え?でも、それって夢でしょ?

夢の話を聞かされている間はすごく無駄な時間を過ごしている気になる。

中には見た夢を引きずる人もいる。

たとえば、変な夢を見たからといって、そのせいで半日をいやな気分で過ごす人がいる。

こんな夢を見たんだけど、なんか意味があるのかな?と聞いてくる人がいる。

私としては、知らんがな、というのが正直なところだ。

どんなに嫌な夢を見ても、それが夢だと分かれば、なんだあ夢か、良かった(°▽°)となる私としては、その心理が全然分からない。

この前は、知人が、こんなことを聞いてきた。

殺される夢を見たんだけど、なんか意味があるのかな?

はあ?(・Д・)

私だって殺される夢なんて、何度も見てるよ。

背後から刺されたり、銃で頭撃ち抜かれたり、高層ビルから突き落とされたり、その他にもいろいろバリエーション豊かな殺され方をしてるよ。

なんで、そんなこと気にするの?

ふんとに、もう!

子供じゃあるまいし!

普段はモノゴトを悲観的に否定的にとらえがちな私であるが、眠っている間に見ている「夢」に関してはいい意味で無頓着。

見た夢のことで、ごちゃごちゃ考える人の思考がよく理解できない。

もちろん、ユングだとか、フロイトだとかの研究を否定するわけではない。

彼らのことを詳しく知るわけではないが「夢」がその人の深層心理を反映していることはあろう。

それだけではなく「夢」が現実の体験にリンクすることもあるかもしれない。

というのも私自身「夢」の中で体験したことが「現実」になる、デジャブ的な現象をたまに体験するからだ。

そういった意味では夢日記をつけるのも面白いかな?と思うことはある。

でも、結局のところ、だから何?って思ってしまう。

そんなことをしてるなら、将来に関する「夢」を追ったほうがマシでしょうよ、と思ってしまう。

ま、もはやそんな「夢」もない私がそんなことを言ってもあれだけど。

そんなのなくたって生きていけるし(・Д・)

かえって、いろんな意味で「夢」にこだわりすぎると、かえって生きにくくなるんじゃないかな?と思う、今日このごろ。