小林麻央さんが、天に召されたことに思う。


22日の夜、小林麻央さんが天に召された。

私は普段は芸能に関する記事はあまり書かない。

しかし、小林麻央さんの生き様、そして、死に様には深く考えさせられたので、個人的な思いを書き残そうと思う。

麻央さんは、まだお若かったのに、きちんと自分の「病」と「死」とに最後まで気丈に向き合われた。

私を含めて、人間はみんな死んでしまうわけだが、果たして私はあんなふうに最後まで家族や周囲の人に気遣いながら最後を迎えられるだろうか?

そう思うと、まったく自信がない。

クリスチャンとして「死」の向こう側に関しての「確信」と「平安」は得ているつもりだが、現にある「病」やそれに伴う「痛み」や「不安」と向き合うことはまた別問題(だと思う)。

私などは、ちょっと体調が悪いぐらいでも、一杯いっぱいになって、何もできなくなってしまう。

もちろん、ブログ更新どころじゃない。

しかし、麻央さんは病の苦しみの中にありつつもブログを更新することをとおして、多くの人に慰めと励ましを与えておられた。

おそらくネットの世界だけでなく、リアルの世界においても周囲の人に慰めと励ましを与えておられたことだろう。

改めて、本当に素晴らしい人だったと思う。

また、それを支えた海老蔵さんも偉い。

海老蔵さんは、普段の言動で誤解を受けてしまうことが多い。

一見、麻央さんはとはまったく別タイプの人のように見える。

しかし、実は、麻央さんと同じく、芯の通った、優しい人だと私は思う。

だから、麻央さんも海老蔵さんを旦那として選んだのではないだろうか?

短い生涯、短い結婚生活だったかもしれないが、麻央さんは、より多くのことを人生で学ばれた。

残された海老蔵さんや子供たち、家族親族においては深い深い悲しみがあると思うが、麻央さんの死は決して無駄にならない。

私は最後の最後まで希望を捨てないその姿に多くを学ばされた。

芯もない上に情も薄い私ではあるが、麻央さんの冥福は心から祈りたい。

本当に本当に、お疲れ様でした。

広告

シェアする

広告