とにかく、もがいてみる、あがいてみる。何かがつかめるまで。


これまでの人生、しなくてもいいことばかりをしてきたような気がする。

いや、気がするではないな。

してきた、だな。

もし、私がこれまでなすべきことをきちんとしてきていたなら、たぶん「今」本業だけで余裕で食べていけたことだろう。

しかし、いつまでも、中途半端な気持ちでいるから、本業での収入はほとんど得られていない。

これでは本業とはいえない。

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「せどり」と「ブログ」

収入は自分の中で副業と位置付けている「せどり」のみ。

しかし、それで、なんとか生活できているのはまぐれのようなもの。

なのに、その貴重な収入源である「せどり」に関して、私はまったくやる気がない。

ほぼ妻に任せきりというていたらくだ。

ブログで稼ぎたいとは思いつつも、こちらも、効率的な稼ぎ方はまだ見えない。

稼げても月3000円という「とほほ」な状況で暗中模索中。

しかも、体調はこのところずっとすぐれない。

今だって、横になりながらスマホでブログの下書きをしている。

横になっていてもダルいのには困る。どうせいって言うんだ。

なんとも情けない限りだ。

今、できることを

このまま同じような生活をしていても何も変わらない。

かと言って、何をどうすればいいのか?

皆目、見当がつかない。

体調さえ良ければ、何か具体的に事を起せるのかもしれないが、残念ながら、その気力さえ湧いてこない。

いや、しかし、それも言い訳だ。

今、自分にできることは何か?

とりあえずはモーニング・ページ的にブログに思いつくままに文章を書くか。

今自分にできることってそれぐらいしか思いつかない。

もちろん、そんな感じの書き方ではアクセスなんて期待できない。

しかし、今はそんなことはどうでもいい。

とにかく、書いて書いて書きまくる。

書き癖をつける。

そこから、もう一度始めてみよう。

これからどうなるかは分からない。

しかし、とにかく、今自分にできることをする。

もしかすると、その先に何かが見えてくるかもしれない。

もちろん、見えないかもしれない。

それでもいい、とにかく、もがいてみよう、あがいてみよう。

気づいたら、その手に何かをつかんでるかもしれない。

もちろん、何もつかめずそのまま溺れてしまうかもしれない。

その時はその時。

いさぎよく溺れ死のう。

追記(2018.5.3)

上記の文章は、今から約1年前に書いたもの。

残念なことに、いや、もしかすると、幸いなことになのかもしれないが、経済的な状況、肉体的な状況はほぼ変わっていない。

未だ「せどり」でなんとか食いつなぎ、「ブログ」で月3000円を稼いでいる。笑

寝っ転がりながら、スマホでブログを更新しているのも変わらない。

あがいて、もがいて、書き続ける!なんて書いてるが、それを実践できたのは、ほんの二、三ヶ月。

その年の秋あたりに再び「うつ」に…

何もできなくなり、ブログ更新も滞ってしまった。

一体何をしているやら。

ただ、ほんの少しだけ変わったこともある。

だからこそ、こうしてブログを書き続けられている。

前述したとおり、去年の秋に「うつ」に入ってから、ブログ更新も失速。

今年の2月には1本の記事も書けなかった。

そうなってしまうと、今までだったら、ブログはそのまま放置され、記憶からも消し去られただろう。

しかし、今回は3月からブログを再開することができている。

そのようにして、とりあえずブログだけでも、復活することのできた要因は何か?

やはり、その1番の要因は、今年の3月に心を決めて、精神科を受診したことにあるだろう。

そのことによって、1年前に嘆いている、気力のなさ、体のダルさ、集中力のなさが、全て双極性障害から来る症状であることが明確になった。

現在、薬物治療をしているが、現在服用しているラミクタールという薬が私には合っているようで、気分の乱高下もかなり抑えられている。

そのことによって、破壊衝動や希死念慮に悩まされることもなくなり、それだけでも、生きるのが、かなり、いや劇的に楽になった。

もちろん、まだ寛解状態とは言えないので、多少の症状は出なくはない。

たとえば、「軽躁」の時にはしばしば不眠になる。

しかし、そんな時は「睡眠薬(ベルソムラ)」を飲んで、肉体的負担を軽減できる。

すると心理的余裕も出てくる。

今は「生きる」って、こんなに楽だったんだ…と2ヶ月前の絶望的な状況がまるでウソのよう。

「躁うつ」を自覚しつつも、医者に頼ったり、安定剤や眠剤に頼ることが、何か「負ける」ような気がして、精神科にかかることを拒んでいた10数年のなんと勿体なかったことか。

何をそんなに強がっていたのか?と不思議に思う。

まあ、1番はプライドかな?

そんなつまらないプライドを捨てられたことが、去年からの1年間で得られた1番の収穫かもしれない。

また、それも「生きる」ことが楽になった、一つの要因かもしれない。

なんて、書いていたら、「追記」が本文より、長くなったような気がする。笑

ので、ここらでやめておく。

また、一年後、状況は良くなってるかもしれないし、現状維持かもしれないし、もしくは、何かしら悪くなってるかもしれない。

しかし、状況がどうあろうと、こうして楽しくブログを続けられていれば、いいなと、淡く思う今日この頃である。