大食は身を滅ぼすことがよく分かった。今度こそ、少食生活を定着させるぞ。


今回10日断食をしてみて改めて良く分かったことがある。

それは大食が私の人生の生産性を大幅に引き下げてるということだ。

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10日断食をした理由

自分が大食であるとは微塵も思ってなかった。

実際、他人が見てもそんなに食べてるとは思わないと思う。

たとえば回転寿司に言っても、せいぜい5皿程度しか食べない。

家でもご飯をお代わりするでもない。

自分なりに今の年齢に合わせて食事の量は控えているつもりだった。

しかし、それでも体重は微増し続けたわけで、70kg近くなってきて(身長170cm)どうも、体の具合が悪くなってきた。

すぐ疲れるし、やる気もでないし、胃腸を中心にあちこちに痛みが生じてくるし。

しまいには食事もできないくらい胃腸の調子が悪くなり、やむなく断食生活に入ることに…

…というのが今回断食に入ることになった理由である。

健やかに生きるために少食

結果としては、久々に長期断食をすることができ、その中で体調も回復しただけでなく、イロイロと気づきを得ることができた。

それは本当に良かったと思っている。

もし、これがなかったら、まだしばらく間違った食習慣を続け、未だ倦怠感や疲弊感に悩まされていたことだろう。

前述したとおり、断食をしてみて、大食が自分自身の体力も気力も削いでいたことが改めてよく分かった。

大食はアタマもカラダも強いてはココロも鈍くする。

少食のほうが健やかに、そして爽やかに生きられる。

中年以降も最高のパフォーマンスで生きようと思うなら少食は必須事項。

おそらく日本人、特に中年以降の人々の多くが大食だ。

ここで言う「大食」は、誰が見ても大食いという意味ではなく、自分のカラダが必要としてきる以上に食べているという意味だ。

自分はそんなに食べているつもりはなくても、もし、すでにメタボだったり、年々体重が増加しているなら(当たり前のことだが)食べ過ぎている。

若かりし頃は基礎代謝が高かったり、学生なんかは、なんやかんやでカラダを動かしていたので、何も考えなくても太らなかったかもしれない。

しかし、成長が止まったり、普段の生活で1日中カラダを動かすような肉体労働をしていなかったら、私たちはそれまでのように食べる必要はない。

自分に本当に必要な量を食べる

私の場合、若い頃に比べたらその活動量は3分の1程度だと思う。

そうであるなら、単純計算、食べる量も3分の1にするべきだろう。

回転寿司だったら3-4皿程度ってことだ。

ただ、1食1食、3分の1の量を食べるよりは1日1食にしたほうが分かりやすい。

なので、断食明けから1日1食生活を定着させるべく食事を管理している。

しかし、これもあまりストイックにはせず、断食と同じくゆるゆるな感じで続けて行こうと思っている。

私の場合、ストイックに憧れはあるが、そうしてしまうと結局続かないことがほとんど。

そこらへんの自分の性格の弱さを考慮に入れつつ、自分にとっての良い食習慣を確立していこうと思ってる。

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