ドビュッシーはゲスの極みだったのか?


癒し効果を期待してクラシック音楽を聴くことが多い。

とはいうものの、クラシック音楽に造詣が深いわけではない。

むしろ何も知らない。

作曲家の名前でも10人挙げられるかどうか。

曲名に至っては俗称でも片手ほども挙げられないのではないか?

ただクラシック音楽を聴くのが好きなんです、と言っておいて、それについて聞かれて何も知らないのでは恥ずかしい。

せめて作曲家の名前はつらつらと30名ぐらいは名前を挙げられるようになりたい。

その代表曲も、それぞれパッと3-4曲は挙げられたらなおいい。

実際にその知識を披露する機会は皆無に等しかったとしても、いい歳をしたおじさんになったので、ある程度は教養のあるふりをするための努力は必要だ。

中身は子供、外見はおじさん。

大人のふりをするのはなかなか大変なのである。

ということで、最近、「クラシック音楽ガイド」という本を買ってきた。

なかなか良くまとめられていて、私のようなずぶの素人にはいい感じの本だ。

なかなか読む暇がなくて少しずつ読み進めている状況であるが、とりあえず、1番好きな曲の作曲家についてみてみようと思った。

そこで、私は衝撃的な事実を知ることになる。

ドビュッシーの女性関係を見ると、それがもうゲスの極みなのである。

簡単に言えば下積み時代を長い間支えてくれた彼女を捨て、別の女性と結婚したと思ったら、今度は不倫のすえ駆け落ち。

人としては最低だ(-᷅_-᷄๑)

いやあ、ゲスであっても、素晴らしい音楽を書けるんだね、と改めて思ったよ。

でも、ドビュッシーと駆け落ちしたと人がスゴイわがままというか、贅沢になって、晩年は苦労させられたとのこと。

まあ、自業自得だね。

当たり前のことだけど、才能とその人の性格や品性は別物。

社会契約論なんて大そうな本を書いたルソーも人間としてはクズだった、みたいのかとを何かで読んだ記憶がある。

そういや、ピカソの女性関係もなかなかのものだったな。

「才能」に惚れ込む人は多いだろうけど、やっぱり「品性」のほうが大事だよね。

才能のあるクズになりたいですか?

それとも

才能のない聖人になりたいですか?

と聞かれたら、私は迷うことなく後者だね。

ま、実際は才能のない凡人だけど。

(΄◉◞౪◟◉`)