あなたの隣人をあなた自身のように愛しなさい


覚醒したらすぐに聖書を読むように心がけている。

ただ、読むときの態度は神様にはちょっと失礼かもしれない。

というのも、寝床の中、スマホのKindleアプリを利用しての聖書黙読だからだ。

紙の(冊子)の聖書を読もうとなると、寝起きに必ずスマホを手にし、ついメールの確認やブログのチェックなどをしてしまい、聖書を読むのが後回しになりがち。

であるならば、まっさきに電子書籍化されてる聖書をスマホで開いたほうがいいのでは?ということになっているのだ。

もちろん、紙の聖書を開いてじっくり読む時間も持つけれども。

ま、それはともかくとして、今読んでる箇所は旧約聖書のレビ記という書巻。

この書巻はモーセ五書と呼ばれる書巻の一つである。

しかし、ベテランのクリスチャンの方でも、なかなか読まないところと思われる。

その理由としては、レビ記が主にユダヤ教の幕屋(移動式神殿)での祭儀に関する規定について記されているからなのかもしれない。

物語的部分も少なく、読物としての面白さにも欠けるといえば欠ける。

しかし、そのレビ記の中に、イエス・キリストが最も大事な教えとして上げられた二つの教えのうちの一つが含まれているのだ。

それが、以下の言葉だ。

復讐してはならない。あなたの国の人々を恨んではならない。あなたの隣人をあなた自身のように愛しなさい。わたしは主である。(レビ記 19章 18節)

あと一つは同じくモーセ五書に含まれる申命記の言葉。

心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。(申命記 6章 5節)

この二つの教えこそが、聖書の教え(旧約聖書)の中で、最も大事な教えだとイエスは語られた。

つまり、神(創造主)を愛することと、人を愛することが人生の中で一番大切なことだということだ。

また、この教えは二つの教えというよりも、実は一つの教え。

というのも、「神を愛する」とは、神の命令を守ることであり、その神の命令とは「人を愛しなさい」というものだからだ。

それが真実であることはマタイの福音書の次の言葉からも読み取ることができる。

まことに、あなたがたに告げます。あなたがたが、これらのわたしの兄弟たち、しかも最も小さい者たちのひとりにしたのは、わたし(神)にしたのです。(マタイの福音書 25章 40節)

人を愛しなさい

この最も大事なイエスの教えを守りさえすれば、この世界に争いは起こらない。

しかし、クリスチャンの間にさえも「争い」があるとするならば、それは最も大事な教えを、最もなおざりにしていることに他ならない。

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