キブロテ・ハタアワ(欲望の墓)

旧約聖書に登場する地名は、その場所での出来事に由来することが、しばしばある。

一つ例をあげるとするなら「エシュコルの谷」という地名。

これは「約束の地」を偵察するために入ったイスラエル人が、その地の豊かさを象徴するものとして、ぶどうを一房切り取って持ち帰ったという出来事に由来する。

彼らは、そのぶどうを切り取った地を「エシュコル(一房の葡萄)」と名付けたのだ。

そのようにして名付けられる地名の中でも私にとって、最も印象深い地名の一つ。(民数記13:24)

それが「キブロテ・ハタアワ」(民数記11:34)だ。

日本語に直すと「欲望の墓」。

よ、欲望の墓…((((;゚Д゚)))))))

なんだか、そのまま小説のタイトルになりそう。笑

それどころか、そのタイトルのインパクトで映画化までされてしまいそうな勢いさえ感じる(私だけ?)。

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地名の由来

地名が「欲望の墓」となった由来は今から約3300年前のある出来事に由来する。

エジプトで奴隷として400年もの長きにわたり苦役に服していたイスラエルの民。

彼らの叫びを聞いた神はイスラエルの民を救うためモーセを遣わされた。

そして、彼をして民を約束の地(パレスチナ)へと導かれる(出エジプト)。

その道中、神は天からのマナ(※1)を降らせ、イスラエルの民を養われた。

しかし、荒野を旅するという厳しい環境の中、毎日のようにほぼマナだけを食べるような生活に飽き飽きした民は「肉が食べたい」と騒ぎ出した(※ただし騒動の発端となったのは「混じってきていた者(民数記11:5)」すなわち外国人であったことは興味深い)。

しまいには、エジプトでの奴隷生活のほうがマシだったと言い出す始末。

民のわがままな願いに応え、神はウズラの群を、イスラエルの宿営地に降らせる。

肉を渇望していた民は、そのウズラを我先にと拾い集めて食べるのだが、そのために(?)民の間に疫病が蔓延し、多くの民が死ぬことになった。

疫病は「神罰」として描かれる。

教訓

過ぎた欲望は身を滅ぼす。

そのような教訓を与える物語として読むこともできる。

この汚れた世の中で、正しい生き方を選択していくことは、つまらない生き方のように思えるかもしれない。

しかし、その単調で面白みの欠ける人生の先に「約束の地」「乳と蜜の流れる地」すなわち「神に祝福された人生」がある。

そのようなメッセージを私なりに受け取った。

天からのマナ、すなわち「神のことば」を日々食しつつ(神の言葉の実践も含まれる)つぶやくことなく、疑うことなく、ただひたすらまっすぐに天国への旅路を歩んで行きたい。

そんな思いを新たにされた。

マナとは?※1

聖書はマナについて次のように説明する。

マナは 、コエンドロの種のようで 、その色はベドラハのようであった 。 人々は歩き回って 、それを集め 、ひき臼でひくか 、臼でついて 、これをなべで煮て 、パン菓子を作っていた 。その味は 、おいしいクリームの味のようであった。(民数記11:7-8)

コエンドロって?ベドラハって?てなるけど。笑

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