ローマ人への手紙1章1節を自分なりに訳してみたりして聖書の勉強中。

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今日からローマ人への手紙を読み始めている。

いつもはサラッと通読してしまうことが多いが、このたびは、前回このブログでも紹介したBLUE LETTER BIBLEを利用して、原語もチョコチョコ参照しながら、じっくり読み進めていくつもりだ。

ということで、今回はローマ人への手紙1章1節を自分なりに訳しながら、みことばを味わってみた。

ギリシャ語での原文は以下のとおり。

Παῦλος δοῦλος Χριστοῦ Ἰησοῦ κλητὸς ἀπόστολος ἀφωρισμένος εἰςεὐαγγέλιον θεοῦ

ギリシャ文字がきちんと表示されるかな?

上手くいかなかった時のために画像も貼っておこう↓↓↓

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ギリシャ語の語順そのままに直訳すると以下のような感じになる(たぶん)。

パウロ しもべ キリスト イエス 召された 使徒 分かたれた ために 福音 神

これを自分なりに日本語の文章として体裁を整えてみた。

神の福音のために召され、使徒として任命されたキリスト・イエスのしもべパウロより、

既存の日本語訳聖書と比較してみよう。

神の福音のために選び分けられ、使徒として召されたキリスト・イエスのしもべパウロ、(新改訳)

キリスト・イエスの僕、神の福音のために選び出され、召されて使徒となったパウロから、(新共同訳)

キリスト・イエスの僕、神の福音のために選び別たれ、召されて使徒となったパウロから、(口語訳)

使徒として召され、神の福音を告げるために選びだされた、キリスト・イエズズのしもべパウロから、神に愛され、召された聖なる人々であるローマの皆さんへ。(フランシスコ訳)

神の福音を伝えるために選び出されて使徒となった、キリストのイエスの僕パウロから、神に愛され、召し出されて聖徒となったローマ教会の方がたに、あいさつを送る(柳生直行訳)

原語に忠実に訳すならば「召され」という言葉は「使徒」にかかったほうがいいのかもしれない。

だから、「福音のために分かたれ、使徒として召された」と訳すのがより良いのだろう。

しかし、日本語としてはなんとなく「福音のために召され、使徒として任命された」としたほうが自然な感じがする、というか自分好みなので、自分で訳す時にはそれでやってみた。

別に世に正式なものとして披露するわけではないのだから、正確さは気にしない。笑

「福音のために召し出され、任命された」というのも悪くない。

こんなふうに、自分なりに聖書を訳してみるのもなかなか勉強になる。

色んな発見もあるので、なかなか面白い。

この聖書はできるだけ原文をできるだけそのままに訳そうとしてるのか。

なるほど、この聖書はできるだけ日本語として意味の分かりやすい文章にすることを優先しているんだな。

そんなことも見えてくる。

たとえば、新改訳聖書などはできるだけ原文に忠実に、フランシスコ訳などは、日本語としての分かりやすさを優先させているようだ。

フランシスコ訳は柳生訳とともに本来なら8節に登場する宛先を1節にまとめて書いている。

原文を知っていると、その訳し方に、おお、なかなか思い切ったことをしたな、とか、そんな感動も覚える。

どうすれば神の使信をよりよく伝えることができるか?との翻訳者の苦労を多少なりとも味わえる気もする。

私も、聖書の学びだけではなく、日々の生活の中で、どうすれば神の使信をより良く人々に伝えることができるかということに労苦するものでありたい。

そんなことを思った。

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