酒に酔ってはいけない。御霊に満たされなさい。

聖書は酒を飲むことを禁止してはいない。

しかし、酒に酔うことは禁じているし、全体的に「飲酒」には否定的な見解を示している。

以下は「飲酒」が、神のみこころではないことを示す聖書のことばの抜粋である。

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旧約聖書からの抜粋

ぶどう酒は、あざける者。 強い酒は、騒ぐ者。これに惑わされる者は、みな知恵がない。(箴言20:1)

大酒飲みや、肉をむさぼり食う者と交わるな。大酒飲みとむさぼり食う者とは貧しくなり、惰眠をむさぼる者は、ぼろをまとうようになるからだ。(箴言23:20-21)

レムエルよ。酒を飲むことは王のすることではない。王のすることではない。「強い酒はどこだ」とは、君子の言うことではない。(箴言31:4)

ぶどう酒と新しいぶどう酒は思慮を失わせる。(ホセア4:11)

彼らは飲酒にふけり、淫行を重ね、彼らのみだらなふるまいで恥を愛した。(ホセア4:18)

実にぶどう酒は欺くものだ。高ぶる者は定まりがない。彼はよみのようにのどを広げ、死のように、足ることを知らない。彼はすべての国々を自分のもとに集め、すべての国々の民を自分のもとにかき集める。(ハバクク2:5)

新約聖書からの抜粋

私が書いたことのほんとうの意味は、もし、兄弟と呼ばれる者で、しかも不品行な者、貪欲な者、偶像を礼拝する者、人をそしる者、酒に酔う者、略奪する者がいたなら、そのような者とはつきあってはいけない、いっしょに食事をしてもいけない、ということです。(Ⅰコリント5:11)

盗む者、貪欲な者、酒に酔う者、そしる者、略奪する者はみな、神の国を相続することができません。(Ⅰコリント6:10)

また、酒に酔ってはいけませんそこには放蕩があるからです。御霊に満たされなさい。(エペソ5:18)

あなたがたの心が、放蕩や深酒やこの世の煩いのために沈み込んでいるところに、その日がわなのように、突然あなたがたに臨むことのないように、よく気をつけていなさい。(ルカ21:34)

酒飲みでなく、暴力をふるわず、温和で、争わず、金銭に無欲で(Ⅰテモテ3:3)

執事もまたこういう人でなければなりません。謹厳で、二枚舌を使わず、大酒飲みでなく、不正な利をむさぼらず、(Ⅰテモテ3:8)

あなたがたは、異邦人たちがしたいと思っていることを行い、好色、情欲、酔酒、遊興、宴会騒ぎ、忌むべき偶像礼拝などにふけったものですが、それは過ぎ去った時で、もう十分です。(Ⅰペテロ4:3)

監督は神の家の管理者として、非難されるところのない者であるべきです。わがままでなく、短気でなく、酒飲みでなく、けんか好きでなく、不正な利を求めず、(テトス1:7)

同じように、年をとった婦人たちには、神に仕えている者らしく敬虔にふるまい、悪口を言わず、大酒のとりこにならず、良いことを教える者であるように。(テトス2:3)

遊興、酩酊、淫乱、好色、争い、ねたみの生活ではなく、昼間らしい、正しい生き方をしようではありませんか。(ローマ13:13)

ねたみ、酩酊、遊興、そういった類のものです。前にもあらかじめ言ったように、私は今もあなたがたにあらかじめ言っておきます。こんなことをしている者たちが神の国を相続することはありません。(ガラテヤ5:21)

飲酒はクリスチャンにふさわしくない

酒に酔うことは、クリスチャンにふさわしくない。

福音にふさわしい生活に酒に酔うことは含まれていない。

パウロがテモテにぶどう酒を勧める記事から、飲酒を正当化しようとする人もいる。

これからは水ばかり飲まないで、胃のために、また、たびたび起こる病気のためにも、少量のぶどう酒を用いなさい。(Ⅰテモテ5:23)

しかし、これはあくまでも、胃腸やからだが弱かったテモテに対するもの。

しかも「少量のぶどう酒」であり、酔っ払ってしまうような量ではない。

現代は胃腸に良い薬がある。

滋養強壮剤のためにも良いサプリがある。

わざわざ酒を飲む必要はない。

酒に酔っ払うことは、聖書の教えに逆らうこと。

そんな状態で、福音を語ることは矛盾である。

酒に酔ってる人が、聖霊に満たされることは絶対にない。

なぜなら、今まで見てきたように、酒に酔うことは聖書の教えに逆らうことだからだ。

「聖書の教え」に逆らうこと、それはすなわち「聖霊」に逆らうこと。

聖霊に逆らっている人の心に、聖霊が満ちることなど決してない。

酒に酔った時に心に満ちるのは「肉の思い」である。

酒を酔いながらも、福音を語っているからといって、それは聖霊に満たされていることの証明とはならない。

占いの霊に憑かれた女も、大声でパウロたちが福音の使者であると証した。(使徒16:17)

しかし、彼女はそうすることによって福音宣教に協力していたのではない。

かえってそのことによって、福音宣教の働きを妨害していたのだ。

酒に酔いながら福音を語るのもそれと同じこと。

それはかえって福音の働きを妨げることになる。

酔っ払いが福音を語ってもなんの説得力もない。

こんな人にはなりたくないと思われるだけである。

酒に酔わないために最善の方法な何か?

それは最初から酒を飲まないことである。

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