創世記6章2節の「神の子ら」とは?彼らの結婚から生まれたネフィリムとは?

神の子らは、人の娘たちが、いかにも美しいのを見て、その中から好きな者を選んで、自分たちの妻とした。(創世記6:2)

創世記6章2節に登場する「神の子ら」とは、どのような人々のことを指すのだろう?

実はこれには諸説あるのだが、大きくは次の二つの見解に分けられる。

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「セツの子孫」説

一つは「神の子ら」を「セツの子孫」と捉える見解である。

この場合、「人の娘たち」は「カインの子孫」と解釈される。

そう考えると、神に従順な民(セツの子孫)と神に不従順な民(カインの子孫)の間の婚姻関係が広まったことを創世記の6章2節は語っていることになる。

しかし、それだと普通の人間同士の結婚になるので、ネフィリム(巨人)と呼ばれる超人的存在が彼らの結婚を通して生まれてくることの説明がつかない。

神の子らが、人の娘たちのところに入り、彼らに子どもができたころ、またその後にも、ネフィリムが地上にいた。これらは、昔の勇士であり、名のある者たちであった。(創世記6章4節)

ので、創世記6章2節の「神の子ら」を「セツの子孫」と捉える場合、ネフィリムを超人的存在としてではなく、「暴君」等を象徴する存在として捉える。

「堕天使」説

あと一つの見解は、創世記6章2節の「神の子ら」を「堕天使」とする。

旧約聖書において「神の子ら」という表現を使う際、それは必ず「天使」のことを指す。

またネフィリム(巨人)と呼ばれる超人的存在の誕生の理由としても、それが「堕天使」と「人間の女」との交わりの結果であるならば、納得のいく説明となる。

ただここで生じるのは「天使」は霊的存在で、肉体を持たないから、人間の女と交わることはできないのでは?という疑問だ。

確かに、天使は霊的存在で、原則的にはめとることも、とつぐこともない存在である。

しかし、聖書を見ると天使が肉体を持って地上に来ていることがあるので、天使が人間と交わることは可能であったと考えられる。

ただ、それは神が許されることではなかったので、従順な天使たちは、そんなことはしなかったわけだが、不従順な天使、すなわち堕天使たちはその禁を犯してしまった。

ユダの手紙で言及される、自分の領域を守らなかったために、暗闇に閉じ込められている御使いとは、その時の「堕天使」のことではないかとの見解もある。

また、主は、自分の領域を守らず、自分のおるべき所を捨てた御使いたちを、大いなる日のさばきのために、永遠の束縛をもって、暗やみの下に閉じ込められました。(ユダ1:6)

まとめ

以上、創世記6章2節の「神の子ら」とは何者なのか?ということに関して、キリスト教界の主要な二つの説を簡単に紹介してみた。

「神の子ら」=「セツの子孫」

という説に立つと、信者と未信者の結婚はあまり良い結果を生まないよ、などのメッセージを汲み取ることができるかもしれない。

また、「神の子ら」=「堕天使」

という説に立つなら、自分の分をわきまえないと酷い目に遭うよ、とのメッセージを汲み取ることができるかもしれない。

ちなみに、私自身は後者の「神の子ら」=「堕天使」との説を支持している。

皆さんはどちらを支持されるだろうか?

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