そろそろ精神科ないし心療内科を受診すべきか?と心揺れる中年男。

今朝は「うつヌケ」間近か?と思われるほど調子良く目覚めることができた。

しかし、その割には、今日もほとんどと言っていいほど何も出来なかった。

現在、そんな自分にプチ失望している最中である。

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今日もほぼ何もできなかった

今日、できたことと言えば、朝夕の犬の散歩と、昼、奥さんのために、お好み焼きを作ったぐらい。

あとは風呂に入ったり、Amazonプライム・ビデオで映画を見たり、買物に出たり…

履歴書?職務経歴書?作文?

残念ながら、求人応募のために必要な書類の準備には全然手がつけられなかった。

週3-4日のライティングの仕事という、今現在の私にとって理想的な求人でも、応募しなければ始まらない。

そんなことは良く分かっている。

しかし、思考力も集中力も判断力も著しく減退している私に果たしてライティングの仕事が務まるだろうか?

テストライティングどころか、履歴書作成もままならない現状からするとムリっぽい。

精神科を受診すべきか、せざるべきか、それが問題だ…

今は仕事を探すよりも、精神科、もしくは心療内科に行って「うつ」の症状を抑えることを優先すべきでは?という思いになっている。

死にたい(希死念慮)とか、壊したい(破壊衝動)という思いは薄れて来ているが、まだカラダは重だるい。

すぐに疲れてしまうし、すぐに気が塞いでしまう。

まだ、日常生活がままならない。

「躁うつ」のサイクルを自覚するのうになって10年以上。

自覚する前から症状はあったから、実際は20年近く躁うつ状態なのかもしれない。

「軽躁」はまだしも「うつ」には大いに苦しめられて来た。

そのくせに、まだ病院には行ったことがない。

なぜ精神科に行かないのか?

精神科や心療内科に行かない理由はイロイロとある。

1番はプライド。

精神科や心療内科のお世話になってしまったら「負け」のような気がするのだ。

実につまらないプライドであることは分かっている。

それに、すでに、大概の負け犬。

さらに負けがこんだところで、どうってことない。

なのに、そんなことにこだわるなんて。

実に愚かである。

クリスチャンなのに…全能の神を信じてるのに…心の病気になるなんて…

…キリスト教に泥を塗るのでは?…不信仰なのでは…と心のどこかで思っている。

もっとポップに精神科を受診したい

冷静に考えて見れば、たとえば、クリスチャンだってインフルエンザになる。

アレルギー体質だったりすることもある。

不信仰だからそうなるわけではない。

治療のために病院に行くことは不信仰でもなんでもない。

精神的な病だって同じことだ。

誰だって「うつ」になることもあれば「躁うつ」になる可能性もある。

耳鼻科や内科を受診するように、もっと気軽に精神科なり、心療内科なりを利用すればいいと思う。

…ということは頭では分かっている。

ただ、それが自分のこととなると、別問題のように感じ、そこに心がついて行かない現実がある。

精神科を受診して、たとえばクスリが良く効いてしまって、クスリ漬けになったりしないだろうか…という取り越し苦労的心配も尽きない。

やれやれ、だ。

自分のすべてをそのまま受け入れる

それにしても、朝の信仰に満ちた自分と、夕の鬱々とした自分とのギャップに、我ながら驚かされる。

まるで別人。

しかし、朝の自分も、夕の自分も同じ自分だ。

夕の鬱々とした自分は受け入れ難いが、それもまた自分の現実。

そのありのままの自分と、しっかり向き合い、それを認め受け入れること。

今の自分にはそれが必要なのかもしれない。

さて、ここ最近、寝るのが遅くなっている。

今晩は早く寝ることにしよう。

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