目標を持たない人生。ただその日を「生きる」人生。試しにそんな人生を送ってみるか…

つくづく有言実行ができない。

その理由の一つは忘れっぽさにある。

朝に、今晩から糖質制限をするぞ決めても、夜になったら、そのことを忘れてしまう。

それを覚えていても、つい食べてしまう意志の弱さもある。

加えて「うつ」の症状。

「軽躁」の時はイロイロとアイデアが浮かび、それを実践に移すことも苦にならない。

しかし、「うつ」になると、途端に何もかもが嫌になり、実際、何も出来なくなる。

そして、後に残るのは自己嫌悪のみ。

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目標を持たない人生

毎年、あれをしよう、これをしようと目標を立てても、春になり「うつ」なれば水の泡。

最終的には、立てた目標さえ、さっぱり忘れてしまう。

ここ数十年間、その繰り返し…

私の場合は、目標なんて立てても意味がない。

むしろ、自己嫌悪が増すだけ。

何事かを成し遂げる人間になりたいと思って来たが、まともに働くことさえできない。

こんな人間が、何事かを成し遂げたいなんて、ちゃんちゃらおかしい。

現実はほとんど何もしてないくせに「きょう」を生きるだけで、いっぱいいっぱい。

これまで44年間、自死を選択することなく、生きて来れたことだけでも、自分にしては頑張ったほうだ。

不思議と結婚も出来た。

妻もある程度「躁うつ」の症状を理解してくれている。

ふたりの子供には、十分な教育を受けさせることも、十分な愛情を注ぐこともできなかったが、それなりに自立へと歩を進めてくれている。

上の子はすでに親元を離れて生活してるし、下の子も、あと数週間で巣立つ予定だ。

「躁うつ」持ちの人間としては上出来の人生と言っても良いのかもしれない。

それもこれも神のおかげ、妻のおかげ。

感謝、感謝である。

そろそろ精神科を受診するか?

鬱々とした気分の中、こうして、つらつらと文章を書いている。

「うつ」の状態としては中程度。

症状が重い時は文章も書けない。

ただ、今回は少し「うつ」が長引いているので、ちとツラい。

希死念慮と破壊衝動が消えそうで消えない。

カラダも重い。

すぐに疲れる。

座っていると、ついついうなだれた格好になってしまう。

ので、横になっている。

こんな時は教会での礼拝に参加するのもツラいが、礼拝だけは守りたい。

奉仕に関してはまともにはできないかもしれないが、それはそれで仕方がない。

数週間後、下の子が出て行っても「うつ」の状態が続くようだったら、今回ばかりはちゃんと精神科を受診したほうがいいのかもしれない。

…って、一昨日も、そんなことを書いた気がするし「うつ」になるたびに毎回そう思うんだ。

さてさて、どうなることやら…

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