【双極性障害】周囲を気にすることなく自分のペースで歩くために。

双極性障害の薬物療法を開始して約半年。

半年前は、希死念慮(自殺願望)に悩まされ、生きるのがやっとという状態だった。

それが、今、短時間労働ではあるが外で働けるまでになった。

双極性障害の症状は、ほぼ「寛解」していると言ってもいいだろう。

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躁うつの波は和らいでいるだけ

といっても、双極性障害から来るところの気分の波が全然なくなったわけではない。

薬(ラモトリギン)で症状が和らいでいるだけであって「躁」と「うつ」の波は定期的に来ている。

薬が効いてなかったら、今はたぶん「うつ」の時期で希死念慮や破壊衝動で悩まされているな、とか、「軽躁」の時期でテンションがあがりまくっているんだろうな、とか、感覚的に分かる。

今現在の精神状態としては、パートタイムでのルート配送はできているが、気分的には、できるだけ人と会いたくないし、集中力にも欠けているし、やる気もでない。

薬が効いてなかったら完全に「うつ」の時期に入っていることと思う。

ちなみに「10年日記」というiPhoneアプリで去年の今頃の日記を見てみると「昨日から、うつに入っているようだ・・・こんな時に寝るに限る」と書いていた。

時期的にそんな時期なのだろう。

精神病院に感謝。ラモトリギンに感謝。神に感謝。

しかし、そんな時期でありつつも、今日もパートに行けたし、とりとめのない雑文ではあるが、こうしてブログを更新できている。

感謝なことである。

あの時、敷居が非常に高く感じられていた精神科の門をくぐり、薬物療法を始めて本当に良かった。

良い医者と良い薬(ラモトリギン)に出会えて良かった。

このことは何度も何度もブログで書いているのだが、これからも何度も何度も書くことだろう。

それぐらい、本当に良かったと思っていることなのだ。

病院に行くまでも、おそらく双極性障害だろうなあ、とは思っていたが、精神病院に行って正式に双極性障害と診断されるまでは、その事実と正面から向き合うことができなかった。

自分が精神病であることはほぼほぼ間違いない状態でも、それを認めたくなかった。

絶対その症状は花粉症だろ!!と周囲が指摘するのに、絶対にそれを認めない人がいるけれども、それと同じような感覚かもしれない。笑

認めてしまうことで、そっち側の人間になることが怖いのだ。

そして、認めなければ、ギリギリあっち側の住人にならなくて済む、みたいなワケのわからない感覚。笑

精神病院も早めに行くに越したことはない

病院に行く前にも、周囲には自分で「オレって『躁うつ』の気があるんだよね~」と言っていたし、それと上手く付き合うための自分なりの努力はしていた。

ちなみに下記はまだ病院にはお世話になるつもりはなかった、ちょうど去年の今日、自分の「躁うつ」について書いている記事である。

「躁(そう)」の時はあらゆることに興味が持てるが「うつ」の時はあらゆることに興味が持てない… つい数日前までは軽躁状態だった。 ...

この時はだいぶ自分の「躁うつ」の波をコントロールできるように思っていた。

実際、それまでに比べたら、希死念慮に悩まされることも少なくなって来ていた。

まさか、上の記事を書いた約半年後に、今までの「躁うつ人生」の中でも最大の希死念慮と破壊衝動に襲われ、どうにもならなくなるとは夢にも思っていなかった。

しかし、結局はそのことが良かったとは思っている。

もし、その時、なんとか自力で乗り越えて精神病院のお世話にはならなくても、遅かれ早かれ、また精神的に追い詰められにっちもさっちも行かなくなる時が来たことだろう。

だから四十を過ぎてからではあったが、これが五十を過ぎて、六十を過ぎてから病院に行くとなっていたら、さらに10年、20年を棒に振るような人生になっていただろう。

過去を振り返ってみれば、自分で双極性障害では?と自覚をした三十代半ばに病院に行ってれば・・・とか、18歳に「うつ」になった時(たぶん、これが双極性障害の始まりと思われる)に行っておけば・・・とか悔やまれることもあるが、しかし、私にとっては四十の半ばに行くことこそ、神の私に対する人生の計画の中にあったのだろう、と思うことにしている。

「寛解」とそれを維持することを目指す

双極性障害は統合失調症と同じく「完治」はないと言われている病。

症状は落ち着いたとしても、薬は飲み続ける必要がある。

ただ「寛解」の状態を維持できれば、周囲から見れば「完治」したように見える。

ただ、自分でもそう思ってしまわないように気をつけなければならない。

それで薬を飲むのを止めてしまうと「再発」してしまって、大変なことになりかねない。

なので、私自身としては、今後、減薬はするかもしれないが、断薬をするつもりはない。

薬を一生飲み続けなればならないということにショックを受ける人もおられるらしいが、薬を飲むだけで、あの苦しみから解放されなら、こんなにありがたいことはない。

私は最悪の状態の時には覚せい剤を飲んで症状が少しでも良くなるなら、迷わずそうしたいと思ったぐらいの苦しみだった。

「うつ」のどん底に落ちた時の苦しみは筆舌に尽くしがたい。

これは、決して大げさな表現ではない。

「うつ」を味わった人ならば、このことは良く分かるだろう。

だから、半年で現在のようなほぼ寛解状態になっていることは、私にとっては奇跡のようなもの。

本当に感謝である。

自分のペースで生きる

寛解状態を維持できるようになったとしても、それで健常者と同じような生活が送れるか?というと、それはまた別問題。

寛解状態にあっても、双極性障害を抱えていると、人よりも疲れやすかったり、ストレスを抱えやすかったりなどの弱さがある。

私自身、現在、ほぼ寛解状態にはなっているが、感覚的には半日働くのがやっと。

今、フルタイムの仕事をしたら、せっかく改善している双極性障害の症状が悪化しかねない。

もちろん、双極性障害を抱えつつも、素晴らしい活躍をしている人はおられる。

しかし、それはあくまでも才能と環境に恵まれた一部の人たち。

そんな彼らも双極性障害の症状に悩まされ、最終的に自らの命を断った人も少なくない。

実際には双極性障害を患っている方々の多くは仕事どころか、日常生活もままならないことがほとんどである。

少なくとも、私自身はそうであった。

だから、私自身は健常者のように普通に働くようになることは目指すことはなく、自分の障害者であることを認め、周りを気にすることなく、自分のペースで歩こうと思っている。

周囲の雑音を消すために

ただ「周りを気にしないで、自分のペースで」と言うのは簡単だが、実際にそれをするのは結構難しい。

ついつい、同世代の人や、自分より若い世代が活躍しているのを見聞きすると、祝福したいところだが、ついつい自分の現状と比べて、落ち込んでしまう。

それに対して、どのように対処すべきか?と考えた時「没頭」というキーワードが思い浮かんだ。

「没頭」することによって、いい意味で周囲を気にしなくなるのではないか?

では、私が没頭すべきことは何か?

と、考えた時、それはやはりライフワークであると宣言している「聖書研究」。

恥ずかしながら、ライフワークを言いつつも、ここのところ「聖書研究」が疎かになってしまっていた。

これを機に「聖書研究」に「没頭」しようと思う。

最後に

今日は、特にゴール地点を決めないまま、なんとなくブログを書きはじめたのであるが、書くことによって「気づき」を得られたり「方向性」が見えてきたりするなと改めて思った。

支離滅裂な感じでも、自分の言葉で何かを書いて吐き出すことでストレス解消にもなるし。

これからも、誰も読んでくれない文章でも、自分のためにどんどん書いていこうと思う。

なによりも「聖書研究」のアウトプットの場としてブログを活用していければと思っている。

さて、どうするかな?

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