人生は「まぼろし〜(IKKO風)」

私が長年従事しているボランティア関係のセミナーやミーティングを含めたイベントが22-23日と大阪で開催された。

九州からの参加は疲れるので、あまり行きたくはなかったが、付き合いもあって、しぶしぶ参加して来た。

とはいえ全ての小イベントに参加すると帰宅してから少なくとも1週間程度は寝込むことになる。

それは今までの経験からも明らか。

なので、少し遅れて参加し、少し早めに帰らせてもらう日程を組み、全体の半分程度に顔を出すぐらいにとどめた。

ボランティアの関係者には一応来てますよアピール。その中で旧知の方々には挨拶&近況報告。

参加者数300名にも満たない小規模なイベントではあるけれども、私の精神を追い込むには十分過ぎる規模である。

イベント、都会の人混み、飛行機、電車…すべてに多大なストレスを感じる自分の体質、気質には辟易する。

しかし、20年も双極性障害と付き合っているので、寝込まない程度のストレスで済ませるようにはできるようになった。

そこは成長した点として、自分をほめてやってもいいだろう。

なにより、今回は妻も同行してくれていたので、公共交通機関での移動などは何も考えず妻の後を付いて行くだけで良かったので、それだけでも全然楽で、ありがたく思ったものである。

また、今回、大阪のイベントに参加することにしたのは、ついでに大阪で暮らす息子に会うことができるということもあった。

むしろ、息子に会うのがメインで、イベントのほうがついでという感じだったかもしれない。

無口な息子なので、会ったからといってとくに何か濃密なコミュニケーションを取るわけでも無いが、とりあえず、元気そうな姿を見れただけでも良かった。

最近の私は遠出をせざるを得ない時はとにかく心身ともに最低限のダメージで済むように行動するのに必死で、帰宅したら、旅先での出来事はすべて幻のように思われてしまう。

イベントに参加したことも、息子に会ったことも…

しかし、人生自体が幻のようなものだから、それでも別にいいか…と最近は思うようになった。

あなたがたには、あすのことはわからないのです。あなたがたのいのちは、いったいどのようなものですか。あなたがたは、しばらくの間現れて、それから消えてしまう霧にすぎません。

むしろ、あなたがたはこう言うべきです。「主のみこころなら、私たちは生きていて、このことを、または、あのことをしよう。」

新約聖書 ヤコブの手紙 4章14~15節

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