「昔やんちゃ」も「今酒豪」も評価されるべきことではないと思うのだが…

昔、やんちゃだったでしょ!

そう言うと多くの社長は喜ぶんですよ!

特に土木・建設関係の社長は!

そんなことを「さんまの向上委員会」でカラテカの入江氏が言っていた。

私はそれを聞いた時、ふと、以前の職場で出会ったある新人さんのことを思い出した。

新人さんといっても、当時すでに30代半ば、私とそれほど変わらない年齢だった。

彼は真面目で、物腰柔らかく、誠実そうな雰囲気を醸し出していた。

学生時代から真面目一本で来た人なのかな?

そんな印象を受けていた。

しかし、忘年会に初めて参加した彼の言動は、その印象とはかけ離れていた。

下品な笑い声を響かせながら、別の同僚と一緒に忘年会会場に入って来た彼は、革ジャンを身にまとい、目つき鋭く、肩をいからせ、少しガニ股気味。

ちょいワルおやじ風だったのだ。

え?仕事中はそんな目つきも、そんな歩き方も、そんなしゃべり方もしてなかったよね?

彼の仕事場での雰囲気と忘年会での雰囲気のギャップは私の目には異様に映った。

なんで?

もともと、そんな人だったの?

それとも、オレって、昔、やんちゃだったんだぜ!という演出?

もしくは、オンとオフでの切り替えが極端な人?

私はそれから間も無く、その職場を去ったので、そこら辺の詳細は分からない。

ただ、せっかく職場で紳士的な振る舞いをしてるのだから、外でもそのように振る舞ったほうがスマートなのになあと思った。

中学生の時分ならいざ知らず、いい大人になって悪ぶるって、どうなんだろう?

価値観はそれぞれだから、なんとも言えないけど、私はなんだか非常に残念な気分になる。

昔、やんちゃだったんでしょ?

そういう時の「やんちゃ」って少なからず周囲の人にイロイロと迷惑をかけたような「やんちゃ」だと思われる。

そんな過去、恥じこそすれ、誇らしげにするなんて…

なんだかなあ。

「酒が強い」ことを、何かスゴいことかのように評価して、酒が弱かったり、飲めなかったりする人をバカにするような人にも違和感を覚える。

世の中、本当に評価されなければならないことが評価されないで、むしろ、評価に値しないことが評価されてることが多々ある。

極端なことを言えば、プロ野球だとかプロサッカーだとかがもてはやされるけど、あれって結局、単なる「球遊び」にしか過ぎない。

どうして「球遊び」が上手いだけの人に夢中になるんかね?そして、何億ものお金をつぎ込むんかね?

私はむしろ、第一次産業に携わっている、お百姓さんとか漁師さんとか、あと、医療や介護に携わってる、人の命と直に関わる人こそを評価すべきだと思うんだけど。

まあ、こんなことを言ってもしょうがない。

人生には必要な「無駄」があることも承知している。

しかし、それしても、人間は昔も今も、なんだかどうでもいいことを評価してしまう傾向にあるようだ。

そして、本当に大事なことを見失い、どうでもいいことに夢中になる。

かくいう私も例外ではない。

人生の限りある貴重な時間を無駄に費やして来た。

双極性障害というハンデがあるとはいえ、それにしてもと猛省している。

残された人生、本当に大事なことだけに集中していきたい。

しかし、そのためには、人生で本当に大事なことって何?

という点をクリアしなければならないであるが…

どうしても必要なことはわずかです。いや、一つだけです。マリヤはその良いほうを選んだのです。彼女からそれを取り上げてはいけません。ルカの福音書 10章42節

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