双極性障害には依存症的傾向がともなうので注意が必要。

先日、57歳で亡くなられたコラムニストの勝谷誠彦氏が双極性障害だったことを昨日知った。

ネットで調べ物をしてて、そのときは勝谷誠彦氏について調べてたわけではなかったが、なぜか勝谷誠彦氏が自らの双極性障害について話しているネット記事にたどり着いたのだ。

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双極性障害と依存症

勝谷氏がアルコール依存の結果、肝臓を悪くし、亡くなったことはYahoo!ニュース等で知っていたが、勝谷氏が双極性障害であったことを知って、氏のアルコール依存症であったことに府が落ちた。

元TOKIOの山口達也氏も双極性障害であると報道されていたが、氏もアルコール依存症で、現在そのための治療を受けていると思われる。

双極性障害になると何かしらの依存症になる確率が高くなる。

その中でもアルコール依存症は、より社会的信用を失う危険性が高まるだけでなく、健康を失う危険性も高まるので厄介だ。

私は自らが双極性障害であることを知る以前から依存症的傾向があることを自覚していたので、アルコールを常習することはすまいと思っていた。

最近では1日缶ビール1杯ほどのアルコールは健康を増進するという研究結果が出てるそうだが、それを聞いてもアルコールを私のライフスタイルの中には絶対に入れたくない。

依存してしまう理由

私の依存症的傾向が変わってるわけではないので、ついつい何かしらに依存してしまう気持ちはよくわかる。

私の場合、依存する対象は千差万別だったが、それによって、破壊衝動や希死念慮、過度の罪悪感、孤独感などなどをごまかすことが、その主要な目的になっていた。

ピカソが双極性障害だったという情報は現時点ではネット上に見ることは出来ないが、個人的には彼もその気があったのかな?と思っている。

絵を描いていないときはイライラしてたというし、何よりも愛人を取っ替え引っ替えしていたりしてたことから、双極性障害ではなかったとしても、少なくとも性依存で、精神的な問題を抱えていたのではと推測する。

依存の対象を良いものに

私は薬物治療を続けたからか、依存的傾向もだいぶマシになった(と思う)。

しかし、そもそもが依存的傾向のある気質。

油断ならない。

ただ、その傾向を否定的に捉えないで、その依存の対象をより生産的なものにすればいいのでは?とも考えるようになっている。

現在、そのために創意工夫中だ。

理想としては掃除依存とか、料理依存とか、筋トレ依存とか、そんな感じにならないかな?なんて虫のいいことを思っている。

さらには、クリスチャンという観点からは、まず何よりも徹底的に神に依存することを学べという思いもある。

さて、どうなることやら。

心を尽くして主に拠り頼め。自分の悟りにたよるな。旧約聖書 箴言 3章5節

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