ダラダラとでも良いから「生きる」とりあえず、それだけでいい…

年が明けて4日目。

今日から通常運転である。

そして、この投稿が今年初のブログ記事。

「一年の計は元旦にあり」と言うが、今年は文字通りの寝正月。

生産的なことは何も出来なかった。

そんな自分に少しばかり嫌悪感を抱かなくもない。

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スタートに成功しても…

しかし、去年の正月は自分なりに充実してて良いスタートを切ることが出来たのにも関わらず、翌月には心身ともに大きく調子を崩し、翌々月には精神科の門をくぐることと相成った。

スタートを上手く切れたからといって、上手く走り続けられるとは限らない。

人生は短距離走ではない。

良くも悪くも長距離走なのだ。

なので、今年はスタートは大きく失敗した感があるが、気を取り直し、前に進んで行きたい。

その上で役に立つ名言も年末にゲットしている。

ダラダラでもいい

「ダラダラとでも良いから続けることです。『続けること』それが1番大事です。」

2-3週間前だったか、YouTubeで筋トレ関連の動画を見てたら、私より一回りは若いと思われるインストラクターの青年がそんなことを言っていた。

ダラダラとでも良いから続ける…

そうか「ダラダラ」でもいいのか…

今まで、否定的な意味しかなかった「ダラダラ」という表現。

それに少しだけ肯定的なニュアンスが私の中で加わった。

それは双極性障害の当事者としては大きなことだった。

「うつ」に入ると「ダラダラ」としか過ごせない。

そんな自分が嫌で嫌でたまらなかった。

双極性障害と向き合わざるを得なくなり、精神科の門を叩いてからは、それを仕方がないとある程度は受け入れられるようにはなっていた。

しかし、それでもなおダラダラと過ごさざるを得ない自分に対する嫌悪感を払拭できずにいた。

生き続けること

それが「ダラダラでもいい」という言葉に、ハッと目が開かれた。

その言葉を発したYouTuberは筋トレに関してそう言ったわけであるが、私はそれを自分の人生全体に当てはめることにした。

ダラダラとでも良いから筋トレを続ける。

ダラダラとでも良いから聖書を読み続ける。

ダラダラとでも良いからこうしてブログを書き続ける。

ダラダラとで良いから生きること。生き続けることが大事なんです。

先に紹介した、とあるYouTuberのセリフを私の中でそう換言してみた。

ダラダラでもいい。

ブラブラとでもいい。

とにかく「今日」を「今」を生きようと思う。

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