レオパレス21がイロイロと叩かれているけれども。

ここ最近、不良施工問題で叩かれているレオパレス。

私は知らなかったが、レオパレスの評判は、これまでも、良くなかったらしい。

しかし、それでも、私はレオパレスに不快感を抱くことができない。

なぜなら、私にとってレオパレスは懐かしい思い出の場所だから。

なので、今回の不良施工問題にはなんとなく複雑な気分なのだ。

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レオパレスに住むようになった経緯

高校生の時に「うつ」状態になり、私は大学進学どころではなくなったが、高校卒業して、しばらくすると簡単なアルバイトが出来るぐらいまでには回復した。

1年弱、地元の倉庫や運送会社で働いた。

しかし、両親にうしろめたさを覚えていた私にとって実家は居心地が悪かった。

ので、親元から離れるためだけに期間工(派遣社員)になった。

それが1番手っ取り早いと思ったのだ。

それで、九州から中国地方のある地方都市に移り住むことになったのだが、その時に派遣会社が社員寮として提供していたのが「レオパレス」だったのだ。

そんなに住み心地悪かったかな?

結局、1年ほどレオパレスで過ごしたが、住み心地に不満を感じたことはなかった。

むしろ、好感を持っていた。

一人暮らしをする機会があれば、次回もレオパレスにしようと思っていたぐらいだ。

だから、今回の施工不良問題のことで、前々からレオパレスの評判が良くなかったと聞いてもピンと来ない。

もちろん、素人では施工不良に関しては知りようがない。

ただ、実際に住んだことのある人の不満で多いのはとにかく壁が薄く、防音がなってない、ということらしい。

そうだったけな?と思い起こしてみたが、そんな記憶は、あるような、ないような…

まあ、若かかりし頃の初めてのアパート住まい。

それに、そもそも「社員寮」という形態。

あまり住み心地は期待してなかったので、こんなもんかと、気にならなかったのかもしれない。

結局、物は考えよう

あの頃は人生に行き詰まりを覚え(今もだけど。笑)、悶々と過ごしていたが、寮生活で色んな人と触れ合えたのは良かった。

その時は双極性障害は発症してなかったが、もともと、それほど他人と積極的に関わるほうでは無かった。

しかし、同じアパートでの共同生活となると、嫌でも他人と関わらざるを得ない。

結果、人との関係における思い出が残ることに。

そして、それは私の精神にある程度の「潤い」を与えているように思う。

思い出せる「思い出」があるのは良い事だなと。

それに、期間工として集まって来る人は、イロイロと事情ありの人も多く、一癖も二癖もある方々も少なくなく、それが私の地味な人生をほのかにスパイシーなものとしている。

今のところ、その頃の思い出はまだ記憶に残っている。

しかし、四十も半ばとなった今、それらの記憶が、遠く彼方に去ろうと、旅支度をし始めていることも感じる。

彼らが立ち去る前に、このブログに記録として残して置こうかな?と思うようになった。

ブログで稼げなくとも「思い出」を貯蓄する場として用いられれば、それだけでも、自分にとっては大いに価値がある。

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