ミスがミスでなくなった?全てを益と変えられる神を改めて意識した。

あ!そういえばここの利用者さん、今日の弁当をキャンセルされた…

しまった、厨房に伝え忘れてる…

と、気づいたのはその利用者さんの家の前に配達車を止めた瞬間。

昨日、明日は病院に行って帰りが遅くなるから、お昼の弁当はキャンセルでお願いします、と言われてたわあ。

時すでに遅し。

キャンセルされたはずの弁当は荷台につまれている。

はてさて、どうしよう?

いや、どうしようも何も、帰って厨房の人に謝り、施設長にも謝るしかないよね。

とは思ったが、それでは弁当が勿体ないし、正直、怒られるのも嫌だ。

しれっと玄関前に置いていくか?(キャンセルのない留守時はそうしてる)

それとも、自分で食べてしまってなかったことにするか?

利用料は月払いだから、たぶん分からないよね。

思考がだんだん悪いほうに傾く。

つくづく人間とは罪深いものだ。笑

もちろん、最終的には正直に厨房と施設長に伝えるしかないよねと、当たり前の結論に回帰した。

ただ、それだと、厨房の人に嫌な顔をされ、施設長に怒られ、かつ、弁当を無駄にしてしまうだけ。

なので、祈りつつ、ダメ元でキャンセルされた利用者さんのところに弁当を持っていってみた。

すると、いないはずの利用者さんが家におられ、弁当を持って行ったことを非常に喜んでくれた。

思ったより早く病院から帰って来れて、でも、大雨で昼飯を買い物に行くのも大変で、どうしようかと思ってたのよ。

今日のお昼の弁当キャンセルしなきゃ良かったって思ってたの!

いやいや、こちらも助かります。

私のミスでキャンセルされた分の弁当を作ってしまうことになったんですけど、それが無駄にならなくて。

うは( ̄∀ ̄)うははははは

ということで、利用者さんも助かる、私も助かる、Win-Winで、事はまるく収まった。

施設の配食サービスで働き出して約半年。

連絡ミスは初めてだ。

しかし、ミスがミスでなくなった。

きっと神の計らいだったのだろう。

小さな出来事だけれども、神は全てを益と変えてくださる方であることを体感できた。

双極性障害であること、ゆえに半日程度のパートしか出来ないこと、クリスチャンとしての歩みもままならないこと、家では寝てばかりなこと、あげたらキリがないが、とにかく私の弱さのいっさいがっさいが、神の御手の中で益と変えられることを信じよう。

そんな思いを新たにしたのであった。

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